FIGHT CLUB

俺とオマエのFIGHT CLUB

人として素敵だと褒められてもなぜかセックスできない人生より、人として最低だと罵られてもなぜかセックスできる人生を歩みたい。

こんなツイートを見た。

 

“人として素敵だと褒められてもなぜかセックスできない人生より、人として最低だと罵られてもなぜかセックスできる人生を歩みたかったよ。”

 

2017年現在、世の中は"いい人"で溢れている。SNSの登場により、ホンネとタテマエはこれまでよりも明確に区分されるようになった。

 

誰もが汚いゲロはネット上に吐き出しきって、オモテ面では誰に対しても微笑を湛えて接し、社交的で分別がありルールとマナーをしっかり守る、とかくマトモでクリーンな人物像をセルフプロデュースしている。

 

高度に発達したタテマエ社会においては、とにかく角を立てないように荒立てないように人間の波の中を穏やかに漕いでいく力が必要とされる。

 

油断してホンネを然るべき場所でないところで漏らしたヤツの噂はスグに口伝いに伝播する、伝えるヤツも聞いたヤツも、タテマエモードの口ではそれはイカンネと言うしかないから、最終的に衆人環視の中、火炙りにされることになる。

 

角を立てない。

 

これが現代を賢く生き抜く術だ。

 


しかし、困ったことに、セックスというのは、現代タテマエ社会におけるあらゆる営みの中でもほとんど最強的に角を立てる行為だ。


行為中の男の下半身。
どう見たって角が勃っている。

 

いくら日頃から角を立てないようにガンバっていてもある日ある時もしくは毎日毎時、無情にもチンコは勃ってしまう

 

 

休日にカフェでPCを開いて仕事をしていたら、しばらくして、じぶんの隣に

雑誌で言えばCanCam系のめちゃカワなJDが座ったとする。

オフショルから覗く肩が萌える。何となくいい匂いもしてくるし、どうにもたまらずチンコが勃ってしまったーーー。

 

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タテマエ社会に染まった人はこの時湧き上がるムラムラとした感情を「劣情」と表現する。

 

「うなじが劣情を誘う」中学校でポニーテールを禁止された事例に…

https://togetter.com/li/1135827

 

劣情という言葉、『性欲を催したけど自分にはどうすることもできないから(声を掛けてデートに誘ったりする勇気はないから)、負けた気分・劣った気分になる、悔しい〜〜!!はやく家に帰って一人で泣きながらシコろう。。。』

 

みたいな男の悲哀と虚しい光景が浮かんできて、本当にそういう意味で付いたコトバなのか知らんけどナンとも言えない気持ちになってしまう。
どうしようもないクソザコナメクジ感。一生それでいいのか男たち。

 


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俺なら、休日にカフェでPCを開いて仕事をしていて隣にCanCam系のめちゃカワなJDが座ってオフショルから覗く肩がたまらないなら、これはもう声かけ一択である。

 

たまらないものはたまらない。「劣情」を抱いて悶々とするくらいなら話しかけて是非ともお知り合いになろうとするべきである。隣に座るだけで男を勃たせるなんて此奴、只者じゃない。レアポケモンに違いない。股間のモンスターボールで捕まえなくてはいけない。

 

 

「あのー。」

 

 

そしてもちろんだが、話しかけた瞬間、チンコのみならず角が立つ。

この世界はタテマエ社会だ。

角を立てると生きていけない。店内が静かなカフェだと、声をかけた瞬間、周りに座ってる2〜3の人間はこっちを見てくるかもしれない。

(こいつ、タテマエルールを破ったぞ)

 

日本でソーシャル的にコレクトネスなのは「見知らぬ人には話しかけないこと」なのだ

 

だから店内にいる男の誰もが、デキる事ならこのめちゃカワJDとお喋りしたり、デートしたり、エッチしたりしたいと思っているにも関わらず、
タテマエ社会のルールに則って、そんな素振りは微塵も見せないように平穏に振る舞い、「社会的に正しいこと」を実践する。

 

話しかけなければ、角は立たない。


生き残るためにはそれでいい。

 

この辺は価値観の問題である。生き延びることを第一とし、あらゆるリスクを排除し、とにかく70年80年の寿命を全うすることを人生の意義とするか。

 

それとも、人生ヤりたいことをヤるために生きヤりたいことを全てヤれるならたとえ寿命が縮もうと明日死のうと構わないのか。


生きるために食べる人(食事は生きるための栄養補給) vs 食べるために生きる人(美味いもん食うために生きてる) 的な人生ポリシーの対立である。どっちを目的にするか。

 

 

カフェで隣の知らないJDに話しかけるなんてことは、タテマエ社会においては重大な規律違反だ。

性欲に任せて相手の迷惑も考えられずに自己中心的に行動するクソ野郎。

きっとタテマエ社会の住人たちはそうやって批判するに違いない。しかし、それでも俺のチンコは勃っているし、彼らのチンコも勃っている。

 

だから抱きしめたい。チンコが勃ってる者同士だ。勃起チンコでアツく握手を交わそう。

 

結局みんなオフショルJDと仲良くなりたくてたまらないんだ。思わず話しかける俺も、それを咎めようとする彼らも同じ志ーーーJDちゃんとのムフフをアタマに描いて悶々としている者同士。オモテ面では確執があれど、薩長のごとく同じビジョンがそこにはある。

 

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cf.「情欲を起こしたならば貞潔がこれを抑制しなければならない」(アウグスティヌス:情欲論)

 

江戸時代までは盆踊り大会で男も女も気に入った者同士ですぐに手を引き合い、村社会公認の上でワンチャンしまくっていたというから、性的タテマエ化キリスト教が起源だろうか?

 

いまやタテマエ社会は高度に発達し、誰もがリアルな場でホンネを出さないので、女の子のタテマエ発言もマジに捉えてしまう男が続出している。

 

「女は性欲がない or 極端に弱い」と信じている童貞も多い。

 

断言するが、そんな事はない。

 

女の子の性欲は普通にハンパない。ただし、男のそれとは質が違う。

遺伝子生存戦略における適応から、ベクトルが拡散的に向かうものではなく、一点集中的な傾向がある。

そして男のようにボルテージが一気に上がるわけではなく、サウナに入った時のようにジリジリとアツさが上昇していく。
終いには堪らなくなる。

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タテマエ社会に慣らされた男は、
セックスした男を「最低な奴」と呼び、セックスしようとしてこない男を「いい人」と言う女の子のコトバに見事に翻弄されてしまう。

 

セックスとはタテマエ社会においてきわめて角を立たせる行為である。服を着て綺麗にオメカシして生きる文明世間人たちへの叛逆である。

 

服を剥ぎ取り、ハダカを露出させ、胸を揉み、アレをアソコに押し込むなんて野蛮な行為、タテマエ社会では絶対に有ってはならん事である。

 

だから女はみんな「私、マ○コ付いてませんよ?」みたいな顔して街を闊歩してるし、男だってみんな毎日げろげろシコってるくせに下心押し殺して、煩悩を持たない仏のような面を必死につくって女に接している。

何もシてない。何もシなかった。
みんな何もシてないことにする。

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タテマエ社会とはつまり、セックスしたくてもセックスしたいと言ってはいけない社会である。

そしてそういう環境では、「俺はセックスしたい。ねえ、セックスしよう」と恥も無く言える社会性のないクソ野郎モラルハザードにより不当な利益を得ることもある。

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もちろん所属コミュニティの中で「セックスしたい」とホンネを漏らしているとシタゴコロ丸出しのゲス野郎のレッテルが貼られる。ルール違反をしたのだからバッシングも受ける。タテマエ社会の中でむやみに角を立てることはオススメしない。

 

しかしデートなど1対1の場なら?
「セックスしたい」と言える奴が勝つ。プライベートに隔離されたシーンでは、ホンネを吐ける男が勝つ。タテマエ社会に囚われてひたすら性欲を下心をひた隠しにしていると、負ける。

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「性欲は隠した方がうまくいく」という、世間に広く流布されている恋愛アドバイスも、ある一面としてはもちろん正しい。

 

なぜならそれが、モテる男の振る舞いに近似しているからだ。

 

少し話が逸れるが、ナオンは本能的/遺伝子生存戦略的に、モテる男の有能遺伝子を欲しがる。

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そしてそうしたモテる男たちは、日々セックスしてるから、基本的にセックス不足に悩まされることはない。

 

だから目の前の女とのセックス機会に直面しても、焦ることはなく、落ち着いていて、余裕がある。

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「性欲丸出しの態度」は、コンテクストにもよるが、非モテがやるとだいたいセックス不足の顕れとして女からは受け止められる。本能的に彼女たちに備わった非モテセンサーが反応してしまう。「なんかイヤ。」

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しかし、性欲を出さないとセックスは出来ない。性欲を出してこない男を、女は「友達フォルダ」に格納する。男でも女でもない、透明な性別の、無害な存在。

こうなると、口説く-口説かれるの関係に持ち込むことは極めて難しい。女にとって、「友達とセックスする」なんて論外なのだ。

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ーじゃあどっちなの?正解は。性欲を出せばいいのか、出してはダメなのか。

非常にデリケートなバランスの上に答えは存在し、スパッと答えることは難しいが、「人として素敵」と褒められるのになぜかセックスできない非モテの人に対してアドバイスを送るならこれしかない。

 

性欲を出せ。

ただし、余裕を持って、セックス不足ではなく、満ち足りてる風に。

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性欲とはホンネである。

 

本音トークをしなければ、セックスに至ることは出来ない。

 

モテる男の性欲の出し方を心得よう。

 

適切なマインドセットは、「セックスは足りてるよ。だけどキミは抱きたくなっちゃう」だ。

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性欲の漏れ出しを、自身のセックス不足(=非モテ由来にするのではなく、"キミの女としての魅力"の所為にする。

 

セックス不足な男からは無能感を感じるため、女としては絶対に抱かれたくない。

一方、セックスが十分に満ち足りてるのに、なお自分の魅力に惹きつけられたために熱いハートで口説いてくる男に対して、女は「イイな」と思う。

前者は雑魚オス、後者は種をバラマキまくる有能オスだ。

 

モテてる男ならセックスしたい。

非モテとはセックスしたくない。

 

すべて本能的なところ由来の、遺伝子生存戦略に直結した合理的判断だ。

 

性欲はビビってガン隠しにするものではない。それは弱いオスだ。強いオスは、マナーとして性欲を後ろ手に隠す余裕を見せながらも、ここぞというところで女をモノにするために、力強くアツいハートで性欲を出して口説いてくる。それでこそ群れのボス猿。常に主導権を握り、抱きたい女を抱く。さながら狩りのようだ。

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自分から狩りにいくことが出来ないがゆえに、せめてこれだけでもと女にチンコ見せつけて勝手に一人で興奮してる露出魔的な雑魚変態オスとの差は明確だ。

 

遺伝子的に有能感溢れる前者とは女はセックスしたいし、無能感溢れる後者とは絶対にシたくないのだ。

 

SのDMでチンコ送ってくるのやめて!と叫ぶ女は、本能的に理解している。そのチンコはすべて、雑魚オスチンコだと。

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「性欲丸出しの奴は気持ち悪い」と言う女は本能的にこう言いたいのだ。

 

非モテ男がセックス不足ゆえに性欲をお漏らししているのを見るのはキモいから、隠してろ。」

 

非モテ男のセックス不足ゆえの性欲に、目の前で対峙した女は、危機を感じる。こいつに孕まされたら終わりだ。雑魚オスの遺伝子なんて絶対に受け取りたくない。

 

まあ、これに関しては、男に孕まされることはそれがイケメンだろうと非モテだろうと女に少なからずリスクを伴わせるものなので、一括りに非モテの性欲は〜と語れる話でもないけれど。

 

話が逸れまくっているが、この辺のことについてはまた別のエントリーで語りたい。

 

とにかく言いたいのは、

 

タテマエ社会に囚われてひたすら性欲を下心をひた隠しにしていると、セックスは出来ない

 

ということ。十分に余裕を持って、俺はいつでもセックスできてるし、欲求不満なわけじゃないけど、ただキミは魅力的すぎるから、男としては抱きたい気持ちを抑えられない。というモテ男に近似した態度を示していくことだ。

 

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タテマエ社会で勝つ男は、勇気を出してホンネを伝え、相手にもホンネを吐かせ、二人でルールを破ろうかと囁き、甘い共犯関係に持ち込める男だ。

 

ここはバランスが難しい。セックスしようと伝えることは大事だが、そのまま「セックスしようよ」というコトバで言っちゃうのも良くない。女の子にすべての判断を委ねてしまうからだ。

 

頑なに「うん」という言質を取ろうとするのは、"ビッチになりたくない"という女の子自身のピュアな気持ちを圧殺してしまうことになる。出来るだけ罪の意識は軽く、けれどもワルいことはさせたい。

 

だからデキる男は言い訳を与える。「家で熱帯魚飼ってるんだけど見にこない?」とかアホみたいな言葉を並べて。女の子も「私は熱帯魚を見にいくだけだ」とタテマエで自分を納得させる。どうなっても、熱帯魚見に行っただけだし。私悪くない。ぜんぶこの人のせい(笑)。

どう?俺の熱帯魚。ナマズみたいで激アツでしょ。

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タテマエ社会の繋縛のなかで、「セックスしよう ー うん」のコンセンサスを取り付ける。ホンネで繋がるのだ。

 

 

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タテマエじゃなくてホンネが聞きたい。

カフェで隣になったJDに話しかける。「君の声(ホンネ)を聞かせて」とクソ星野源のSUNが脳内に流れる。ワクワクすっぞ。

 

 

ナンパにもマナーはある。お互いが気まずくなってしまうのは良くない。店内なら、軽くジャブを打っておいてから、本戦はどちらかが席を離れて店を出るタイミングで。ジャブの反応がよければ、店内でがっつり本戦に持ち込むのもあり。

 

何をしたってタテマエとホンネだ。周りの男たちだってデキるものなら話しかけたくてたまらないのがホンネ。だから周りの男から注がれるタテマエの批判的視線は気にしない。

 

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「知らない人と話してはいけない」という規範があるこの国では、多少のタテマエ的抵抗があるのは当然。本当にNGならサッと引く。

 

はたして、JDのホンネはーー?

 

 

 

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ヤリチンが「人として最低」と呼ばれがちなのは、セックスしているからだ。セックスしなければ、彼は温かくて仏のようにいい人だと評されているかもしれない。
皆から「すごくいい人」と評されているのにセックス出来ない。少しでも性欲を出すと「そんな人だと思わなかった」と言われる。

どちらもタテマエ社会の洗礼だ。

「性欲」も「下心」も「セックス」も、タテマエ社会では存在してはいけないものだから。ルール違反だから。

 

 

セックスはタテマエ社会のなかには存在しない。だからタテマエ社会でいくら「いい人」扱いされても、セックスには到達出来ない。

 

ヤリチンはコトバで「最低」と罵られても、気にしない。そんなもんタテマエだから。ベッド上では肯定されるから。

身体を自分に委ねてくれるという行動が女のホンネであり、すべてだ。

ホンネの世界で認められれば、求められればそれでいい。

 

 

とんだクソ野郎である。

 

 

 

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